荒川市民マラソンや谷川真理ハーフで荒川を走ると否が応でも目に入るこの標識。うちの近くから、荒川へは、板橋区高島平の先のこの「河口から27km」ポイントが最寄となります。
河口まで27km・・・。微妙な距離。でもこの距離走れば海かぁ。往復54kmは遠いけど、この河口ぐちから有楽町線新木場駅が近いという噂もあり。
一応、出発前に河口周辺と新木場駅周辺を地図でチェックしたんだけど、確かに近い。でも、道繋がってるのかなぁ・・・。Googleマップで衛星写真で確認したけど、よくわからない。まぁ、この衛星写真、昔のだしなぁ。
そういえば、
マハロ菊池さんが新木場からこっちの方まで昔走ったって言っていました。昔ね。
ということで、とりあえず河口までの片道の旅に出ました。自宅からこの27kmポストまで約3km。で、河口まで27kmの合計30kmのLSDの旅。レッツスタート!!
しかし、この荒川河川敷コース。練習で走るのは大の苦手なんですよね。過去、実は
何度も撃沈しています。
なので、今回はほんと気持ちも中身もLSD。ゆっくりペースで、なんだったら途中、休憩で景色とか見ちゃっても全然OKという気持ちで行くことにしました。例の「河口から○○km」ポストは1km毎に立っていますが、決して1km毎のラップなんて取りません。とにかく、完走目標。(^^)
まず、自宅からこのスタート地点である27kmまでは難なく到着。途中、ペットボトルを1本購入。荒川河川敷コースは、自動販売機なるものはありません。水の補給は、たまにある水道で行なうか、河川敷をコースアウトして飲み物を購入するしかありません。
そのたまにある水道というのも、常に○km毎とかにあるわけではないので、何度も走りなれていないと、あとどれくらいでそこに到達するのかわかりません。特に、河口に近い方はほとんど行った事がないので、とりあえず安心のためには飲み物を持参した方がいいかと思われます。
それと、トイレですね。これも不定期に簡易トイレみたいのが現れますが、いつ出てくるかわからないのでちゃんと用は足しておいた方が無難です。いざという時の為に、テッシュの持参も大事かも(爆)。
まず2km弱走ると、荒川市民マラソンのスタート地点に到着します。ここがあんなに多くの人で埋まるのかぁと思うほど、普段はガランとしている野球場です。
続いて、谷川真理ハーフやふれあい赤羽駅伝のスタート地点となる新荒川大橋付近。岩淵水門を過ぎて、ゴルフをやっている人達を見ながら(なぜかおばさんゴルファーがここは多いw)、足立区へ。この足立区エリアが長いんですよね。距離ポストにどこの区か書いてあるのですが、まるで東名高速の静岡県のような存在ですね。いつまでも足立区の表示が続きます。
ああ、こんなところに某家電量販店の店が出来たんだぁとか、あいかわらず首都高は混んでいるなぁーと思いながら、ようやく墨田区へ。自宅から20kmくらいかなぁ。ここらへんは、荒川市民マラソンだと15km地点?うわぁー、まだまだ折り返しは先だぁと思いつつ先に進みます。
しかし、この時期、あまり喉が渇かないのでありがたい。口の周りは乾燥している影響でカサカサになりやすいですが、明らかに春先とかに較べると楽です。
江戸川区に入ってしばらくいくと、地面に荒川市民マラソンの中間地点マークが。ひぃー。このあたりが「河口から5km」地点です。
だんだん疲れてきたけど、まぁぼちぼち給水なぞしながら・・あと3km、2km、1km・・・。
残り1km、結構あるなぁ。疲れてるからなぁー、と思っていると突然出てきた「河口から0km」ポスト!あら?まだ海に出ていませんよ。ってまだまだ先に道があるぞ?
このポスト自身は新しいんですけど、まだここら辺が埋め立てられる前からこの標識の歴史はあったのですかね?明らかに河口でないところが「0km」でした。*1
ここでやめるのも何なので進むこと約500m?道が消えかけている・・・。(もう河口は近そうなんですが・・・)
ちょうど、付近に人がいたので「この先行けますか?」と聞くと「行き止まり。」とのこと。あらら。
「新木場の駅はどういったらいいのでしょう?」と聞くと「へ?新木場はいっぱい戻って、ぐるりと回らないとだめだよ。」とのご回答。
げぇー。やっぱり道は繋がっていませんでした。結局、先ほどの「0km」ポストよりさらに戻って、東西線の陸橋まで行きます。そこから、通りがかりの人に道を教わりながら、どうにか新木場駅に到着。さらに3kmくらい進んだかなぁ。私が新木場駅にこだわったのは、自宅に一直線の有楽町線が繋がっているからで、別にそんなのが関係ない人は、東西線の南砂町が荒川土手からまぁまぁ近くです。
景色は単調ではありますが、へんな信号ストップもありませんし、排気ガスに悩まされて走ることもありません。何はともあれ、「河口から0km」を見てやろうという物好きな人はぜひとも行ってみてください。合わせて(あるかどうか知りませんが・・)「河口から50km」「河口から100km」の標識写真も募集中です(^^)
*1 後日調べたところ、荒川放水路開削の計画が出たころ(明治43年)は「海」だったそうです。